お客さまのために。

株式会社 坂口の創業は大正9年(1920年)。百年超の歴史を持つ老舗の業務用酒販店です。代表取締役社長の坂口貴洋は三代目。大学卒業後、サントリーで営業職を経験し、平成3年(1991年)26歳で坂口に入社。平成14年(2002年)38歳で社長に就任。これまで、消費者のお酒に対する嗜好の変化、収束したとは言い難いコロナ禍、物流の2024年問題などに対応しながら現在に至っています。
ある秋の一日、久しぶりに社内で寛ぐ坂口社長に、日頃の仕事ぶり、社の将来構想、お客さまや社員たちへの想いなどを聞きました。
酌み交わすお酒が楽しみ。
出社は8時半頃。新聞に目を通し、営業から上がって来た申請書や報告書をチェックします。あとは週に何回か社内会議を開く。これらがほぼ午前中の仕事ですね。
申請書には料飲食店や社内への提案事項などが書かれています。私の意見を求めている場合もありますし、また、世の中の動きと合致しているかどうかを確認したいこともあって仔細に見るようにしています。
以前はルーティンとして酒蔵訪問や料飲店訪問を行っていました。九州の焼酎の酒蔵や新潟の日本酒の蔵元などをよく訪ねたものです。ですから仕事でのお酒はよく飲んでいましたね。でも6年ほど前に大病をしてからは控えるようにしています。
本当に。でも、有り難いことに主治医からは「ちょっとは飲んでいいよ」とのお許しを得ています。その“ちょっと”が染みるように美味しい。お酒とはこんなにも美味しかったのかと改めて思いますし、お酒に対する思い入れは以前より深まったような気がしています。いまは社員たちと「お疲れさま」と酌み交わすちょっとのお酒が楽しみ。この仕事をしていて良かったなあと思う瞬間ですね。

父は、私が入社した翌年の平成4年に社長を降りました。その後の10年間は父の右腕で番頭さん的な存在だった方に社長をやっていただいた。ですから、父から帝王学などを学んだということはありません。でも、父の背中はずっと見ていたので、経営者たる者どうあるべきかは学んだように思います。
私は、お客さまのお役に立つことを愚直に実践していれば、売り上げは必ず後から付いてくると考えます。いわゆる売上至上主義者ではないということですね。
業務用酒販店は何よりもまず飲食業界の役に立たなければなりません。いい酒をつくっているが、なかなかお客さまの元に届けることができないという蔵元さん。努力はしているのだけど営業に窮している料飲店さん。流通業にたずさわる者として、そのような方々の役に立ちたいし、そうすることで信用・信頼を得て、新規を紹介していただくことにも繋がり、おのずと売上げも伸びていくと信じています。
家業を継ぐことに迷いはなかったですね。でも実際に社長になってからは、大変な道に進んでしまったんだなあと実感しています。同時に、人生を懸けるだけのやりがいのある仕事に巡り合ったとも思っています。
いま26歳になる息子がいるのですが、彼に家業を継がせて良いものか。もし進みたい道があるのなら、その道を応援してやった方が良いのではないかと悩んだ時期もありましたが、2年前に父が他界し、その葬儀に取引先のメーカーさん、問屋さん、料飲店さん、そして社員と、大勢の方々に参列いただいた。その席で彼は皆さまそれぞれに頑張っておられる姿勢や熱意を感じ取ったのか、この家に生まれたことを改めて自覚したのか、もうすぐ坂口に戻ってくると言ってくれています。
息子は学生時代にうちの物流部でアルバイトをしていたことがあって、先輩に鍛えられ、可愛がってもらった。そのことが戻ってくる一因になっているのかもしれませんね。

言わせて欲しい。
社長としては、社員に私の背中を見て分かって欲しいと思っていますが、どういう社長であるべきかより、どういう酒屋であるべきか。それを常々社員たちに発信しているつもりです。
「すべてはお客さまの繁盛のために」「作り手の想いを届ける」「ご縁を大切にする」といった、私の大切にしている言葉――これらは酒販店の社員として肝に銘ずべき言葉でもあるのですが、この言葉が内包する精神を社員一人一人に実践して欲しいと願っています。
社員たちに「坂口はトップダウンか、ボトムアップか」と問うたとしたなら、どうやら「トップダウン」と返ってくるようですね。私としては彼らにボトムアップでやってくれと言いたいのです。本音を言えば、私をぎゃふんと言わせて欲しい。みんなのやりたいようにやってくれればと本気で思っています。棘を出して欲しい。打たれる杭を出して欲しい。出したからと言って、決して打ったりはしませんから(笑)。

料飲店においてお客さまに、蔵元が自信をもって作っている酒を蔵元が理想とする状態で飲んでいただくための提案ができるパートナー。さまざまなアイデア、対応策、ソリューションを一緒に作り出せるパートナーであり続けることだと思います。
坂口では20年前から本社のすぐ横に「スタンドバーSAKAGUCHI」という言わばアンテナ店を出しています。そのコンセプトは、美味しいお燗のお酒が飲めるお店。
当時、料飲店において日本酒は、数量は出ていましたが、燗酒の提供状況は最悪でした。手間を省くためにチューブを通して酒燗器で日本酒を注いでいた。そうすると、日本酒は糖分が多いのでチューブや酒燗器をこまめに洗わないと味が落ちる。エンドユーザーにとっては「日本酒って不味いよね」となる。蔵元が望む提供状況にはほど遠かった訳ですね。
そういうことのないよう「スタンドバーSAKAGUCHI」では、一升瓶からちろりに日本酒を移してお燗するという本来の正しいやり方を実践し、料飲店の方々にも足を運んでもらって、正当にお燗した日本酒がいかに美味しいかをその舌で体感してもらっています。
一言で言うなら「痒い所に手が届く酒販店」でしょうか。お店が必要とする商品を、必要なタイミングと必要な数量で確実にお届けする。それがまず大前提ですね。さらに言うなら、困った時に声をかけたくなるパートナー、常に新商品や新情報などを提供してくれる頼りがいのあるビジネスパートナー、ではないでしょうか。


なってくれれば。
まず一人一人のさらなるスキルアップ。それから、「〇〇さんに頼めばきっと何とかしてくれる」といった個々人レベルにおいての信頼を獲得すること。うちの社員たちは、かなりいい線を行ってはいるのですが、さらにその上をめざして欲しいと願うわけです。
それから、社長としての勝手な思い込みを言わせていただくなら、社員全員がステキな酒飲みになることですね。
酒販店の社員たるもの、酒飲みの気持ちが分からないといけません。仕事として経費を使ってなら飲みに行くけれど、自腹では飲みに行かない。これでは、酒飲みの気持ちは分からないのではないでしょうか。ステキな酒飲みになり、自分の仕事に愛着を持ってほしいと思います。気持ちと技術、ハートとスキルの両方とも、もっともっと伸ばして行って欲しいですね。
営業マンには、コンサルとしても頼られる営業マンに。物流マンには、お客さまの方から声を掛けられる愛される物流マンに。不動産部のスタッフには、他の不動産屋や設計事務所と協業できる人脈と実力を備えた人間になって欲しいと思います。
私は百年以上続いている会社のバトンを引継いでいまの仕事に携わらせてもらっています。とても幸せな人生を歩ませていただいていると、多くの方々に感謝しています。この場を借り、改めて心からの感謝を申し上げます。
